2017年



今年もよろしくお願いします。
正月休み明けの3連休って、どう過ごしたらいいか分かりませんね。

軽さではなく軽やかさ



※ 写真はフィオナ・タン作品集「フィオナ・タン まなざしの詩学」より

この記事を書くまで、「BLOG」の最新エントリがあいちトリエンナーレの話で、「INFO」の最新が名古屋クリエイターズマーケットの報告と、最近すっかり名古屋づいている。初見の方には名古屋人だと思われるかもしれないが、京都生まれ京都育ち、公家そうな奴はだいたい友達の私です。よろしくお願いします。

実際のところ、郊外のニュータウン出身のせいか、それほど京都らしい京都を知っているわけでもない。他府県の人から「京都人っぽい」と言われると、なんだか申し訳ないような気持ちになる。冗談で「先祖が公家なので、働くのが苦手なんですよ」と言ったら、真に受けられたこともあった。いや、あんまり働かないのは本当ですけど。

先祖や出身地を大事にすべきなのは分かっているつもりだが、一方で、そんなんどうでもええがな、大事なのは今やろ今、という気持ちも少なからずある。そう、大事なのは先祖ではなく、今の私が公家であるということだ。いや、そういうことじゃなくて。

例えばブルーノ・マーズの音楽や、フィオナ・タンの作品などを見ていて感じるのは、ルーツを大切にしながらも、それに縛られないという軽やかさだ。これはひとつの理想形だなあと思う。というわけで、これからは軽やかな公家を目指します。おじゃる丸みたいな感じ。

→ 2015年3月17日 ふわふわと漂いながら、芯のあるものを/フィオナ・タン

知らない場所にひとりぼっち



あいちトリエンナーレを見て回ったのは月曜日だった。美術館以外の場所にも作品はあり、それをうろうろと探し歩くのも、アートフェスの楽しみのひとつだ。パンフレットによると、オフィス街にある「損保ジャパン日本興亜名古屋ビル」という堅い名前のビルにも作品があるということで、我々も見に行くことにした。時刻は14時頃で、そのあたりにいる人たちのほとんどは、スーツを着て働いている時間帯だった。

会場の入口に立つ係員によると、そこで展示されているのは、入れ替え制で見るインスタレーション作品だという。出入口は黒いカーテンで仕切ってあって、中の様子は見えないようになっている。10人ぐらいの先客とともに並んで待っていると、ほどなく入れ替えの時間になった。出入口から、スーツを着た中年のサラリーマンが1人で出てきた。こちらを見て「わ、いっぱい並んでる」などと言いつつ、苦笑しながら去っていく。おそらく係員の女の子に釣られてなんとなく入ったのだろうな、と思いつつ、我々も中に入った。

中に入って分かったのだけれど、その作品は「真っ暗な空間の中、風に漂う巨大な黒い布を15分見続ける」というものだった。あの男、仕事をさぼってひとりで15分間これを見てたのか。さぞ心細かったことだろう。しかし、この作品を一番楽しんだのは彼なのではないか、という気もしたのだった。自分が毎日働いている、勝手知ったるこの街に、いつの間にか知らない空間が出来ていた。僕だったら、会社に戻ってOLに、家に帰って妻に、キャバクラに出向いて女の子に、こう言うだろう。

「いやあ、まいったよ。コーヒー買いに外に出たらさ、そこのビルで、現代アート無料で見られますよー、なんて言うから入ってみたんだよ。そしたら、客は俺ひとりで、中は真っ暗でさ…」