四十にして惑わず、動かず


まだ衰えを気にするほど歳をとったわけではないし、変におっさんぶって「いやあ、最近体力がね・・・」などと言うのは好きではない。それでも、もともとが体力も気力も無い上に、自制心もあまりないので、少しずつ「弱く」なってきているのは自覚している。いや、自覚しているつもりだったのだが。

最近ずっと部屋から出ず、椅子に座りっぱなしの生活なので、腰を痛めないように腹筋運動をしよう、と考えた。これまでにも、夏になると思い出したように腕立て伏せや腹筋を始め、秋には辞めるということをくり返していたのだが、それは「カッコつけ」の延長であって動機が不純である。今回は違う。仕事や生活に直結した、もっと切実な運動である。なので今回は、腹筋だけでなく背筋運動もやろう、と考えた。何年ぶりだろうか。うつ伏せになって、ベットの下に足をかけ、上体を反らす。まずは軽く10回、やってみようと身を伏せた。

驚いた。ピクリとも動かない。まったく体が反らないのだ。体どころか、あごすら上げられない。「ん」と変な声は出たが、1回も動けず、静止したまま床を見つめている。自分のイメージとしては、鮮魚がまな板の上でビチビチと跳ねる感じでやりたかったのだが、この魚、完全に死んでいる。体育教師なら言うだろう。「はやく始めなさい」。いや、始めてるんです、本人としては。

それでも、なんとか10回やってみたら、というか10回やってる気持ちで静止したら、相当に疲れた。背中がしっとりと汗ばんでいる。よく頑張った。

姫は、思うている


 折口信夫の小説「死者の書」を読み返すのは、もう何度目になるだろう。何度読んでも新しい発見がある。これは単純に、内容が難しいので何度も読まないと理解できない、ということもあるのだが、それにしたって飽きない。
今回は、作中で貴族の姫が行った写経よろしく、文字に起こしながら読んでいる。まあ、そのお姫さまは何年もかけて千部も写経するわけだし、向こうは毛筆でこっちはキーボードだから、全然レベルが違うわけだが、それでも自分の手でタイプしながら読むことによって、新たな視点が生まれてくる。

 折口は、「~している」を「して居る」と書く。「すわって居る」「西の空を見入って居る」等々。これは単に、この小説が書かれた年代が古いので、言葉の使い方が今とは違う、というだけのことなのかもしれないが、「している」と「して居る」では、受け取る印象がずいぶん異なる。「居る」には、「その場所に、居る」という、重みのようなものを感じるのだ。
人以外にも、例えば「あたりは俄かに、薄暗くなって居る」というような使い方もされるわけだが、これにも何か、そこを取りまく空気、あるいは空気を司っている何かが、どっしりとそこに存在するような雰囲気が感じられる。漠然とそうなったわけではなく、誰か/何かが、その場を薄暗くした。場所の重み、平たく言えば「家」の存在が意識させられる。

 日の差さない女部屋で、世間のことは何も教えられずに「居た」姫さまは、父親から贈られた、唐の最新の経典を写経することに没頭する。何年もかけて千部の写経を終え、それでも姿をあらわさない仏の姿を探し求め、嵐のなか外へ飛び出す。ここから、折口の文章は一気にスピードアップする。

姫はどこをどう歩いたか、覚えがない。唯家を出て、西へ西へと辿って来た。降り募るあらしが、姫の衣を濡らした。姫は、誰にも教わらないで、裾を脛まであげた。風は、姫の髪を吹き乱した。姫は、いつとなく、髻(もとどり)をとり束ねて、襟から着物の中に、含み入れた。夜中になって、風雨が止み、星空が出た。

まわりに言われるままに、おとなしく家で過ごして「居た」姫の姿はここにはない。ぼろぼろになって辿り着いた山寺で、姫は思う。

この国の女子に生まれて、一足も女部屋を出ぬのを、美徳とする時代に居る身は、親の里も、祖先の土も、まだ踏みも知らぬ。あの陽炎(かげろう)の立っている平原を、この足で、隅から隅まで歩いてみたい。
こう、その女性は思うている。

ここは、「思うて居る」ではないのだ。縛り付けられていた場所から解放されたことを祝うかのように、姫は「思うている」のだ。

須賀敦子の「トリエステの坂道」を読み終えて


 須賀敦子の「トリエステの坂道」を読み終えて、その美しい文体に惚れ惚れし、自分もこんな文章が書きたい、どうしたら書けるのだろうと考え、おそらくそれは書き手の人生そのものの問題なのだという結論に達し、諦める。諦めるのだけれど、やっぱり憧れではあるのだ。読む人にこう思われたい、こう読ませたいというような狙いがまったく感じられず、うっとりと自分に酔うこともしない。自分の過ごした時代や風景、関わった人々に、ただ寄り添うような文体。憧れる。

 須賀さんは1960年代にイタリア人と結婚し、ミラノに暮らす。この本には、おもにその頃の話が書かれている。あらためて知ったのは、イタリアに巣食う、根深い貧しさについてだ。いや、イタリアに貧しい地域があることはなんとなく知っていたけれど、その正体というか、数百年前から積もり続けたかのような、抜け出せる気配の見えない貧しさ。労働組合が強すぎて若者のアルバイト先がないという話などは、早くに成熟してしまった国ならではの貧しさだと感じる。

 須賀さんの夫の実家も、そうした貧しさに苦しめられた家庭だった。結核で子供を2人も亡くす不幸にも見舞われるなか、夫の父のルイージ氏は、上司と喧嘩して左遷されたり、計算のできない娼婦のへそくりの世話をしたりと、家族をまったくかえりみない日々を送る。結婚する頃にはすでに他界していて会うことのなかった義理の父、ルイージ氏の在りし日を、須賀さんは想像する。

 夏になると空き地は草におおわれたが、このあたりに出没する得体の知れない人間たちが自然につけてしまった細い道を、火をつけてない細い葉巻たばこのトスカーナを口にくわえたルイージ氏は、脱いだ制服の上着を肩にかけ、両手をポケットにいれたまま、足早に歩いていく。
 俺の一生はいったいなんだったんだろう。淋しいルイージ氏は歩きながら考える。

この、ろくでなしの男にただ寄り添っているような文章。やっぱり憧れるのだ。