そんな感じで生きている


週末、散歩がてら大徳寺へ。こんな時期だからか、外国人観光客は殆どいなかった。有料公開されている塔頭のひとつ、龍源院に入ってみる。きれいな石庭があって、非常に静か。のんびりする。龍源院を出て、図書館へ向かう。大徳寺は広いので、まだ5分の1ぐらいしか歩いてない。次は別の塔頭に入ろう。

図書館で本を返した後、喫茶店で甘味を食べる。この喫茶店、前にも来たことがあるらしいが、思い出せない。店の名前も分からないし、もう一度行けと言われても無理だろう。だいたいが、そんな感じで生きている。

引っ越し間近


自宅の引っ越しを目前に控え、そして引っ越しが終わったらすぐに名古屋クリエイターズマーケット、その10日後にはグループ展2つと、いつになく忙しいはずのいま、片付けもせず絵も描かず、久しぶりにブログを書いている。

現在の部屋には長く住んでいたとはいえ、それにしたって物が多い。こんまりメソッドよろしく、ときめかないものを片っ端から捨ててやろうと決意するものの、根っこが乙女なので、もう何年も着ていない服や買ったことすら忘れていた本、うやむやになった仕事の打ち合わせ資料などが出てくるたびに、いちいちときめいてしまって困る。うっとりと思い出に浸っている場合ではないのだ。引っ越しが終わってから、またあらためて片付けに挑戦しよう。待ってろよ、こんまり!

最近は本を読んだり映画を見たりする時間があまり無いのだが、「きのう何食べた?」は見てます。ケンジ役の内野聖陽さん、抜群にうまいですね。他の配役も見事。

文章を書き続けています


例えばこのサイトや作品ファイルに添える自己紹介の文章、いわゆる「プロフィール」を、これまでに何度も書き直している。時期によって、ちょっとかっこつけてたり、抽象的だったり、逆に具体的過ぎたりして、なんかしっくりこないな、と思いはじめるとまた書き直す。そしてここ2年ぐらい、使っているのがこれ。

大学卒業後、東京にてIT系の会社に勤務する傍ら、イラストレーション青山塾で絵の基礎を学ぶ。退職後京都に戻り、フリーでWeb関係の仕事をしながら、絵を描き、文章を書き続けています。

掲載先の都合によって、もうちょっと長くしたり略歴を添えたりはあるけれど、基本的にはこんな感じ。最後の「絵を描き、文章を書き続けています」は必ず書くようにしている。

この「文章を書き続けています」という一文について、ふと思う。これ、それまでの話の流れからすると、ちょっと唐突なのではないか。「IT系の会社 → フリーでwebの仕事」「青山塾で絵の基礎を学ぶ → 今も絵を描いている」は分かるが、最後にいきなり「文章を書き続けている」とは、どういうことだ。

もっと言うなら、文章は、ほとんどの人が書き続けているのではないか。仕事の書類だったりメールだったり、あるいはブログやtwitterやLINE、いまの時期なら年賀状。おおよそ毎日、人は文章を書いている。職業としてライターや小説家を名乗っているならともかく、そうではない自分が、わざわざ「文章を書き続けています」と言うのはなぜだろう。

もちろん、自分で理由は分かっている。恥ずかしいから言えなかっただけだ。
文章を、読んでほしいのだ。

2019年は、本作りに力を入れようと思います。今年出した「小さな声が響く部屋」と同じく、手製の小冊子になると思います。絵と文章、どちらにも力を入れた本にするつもりです。ぜひ読んでください。