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2016年
知らない場所にひとりぼっち
■ あいちトリエンナーレを見て回ったのは月曜日だった。美術館以外の場所にも作品はあり、それをうろうろと探し歩くのも、アートフェスの楽しみのひとつだ。パンフレットによると、オフィス街にある「損保ジャパン日本興亜名古屋ビル」という堅い名前のビルにも作品があるということで、我々も見に行くことにした。時刻は14時頃で、そのあたりにいる人たちのほとんどは、スーツを着て働いている時間帯だった。
■ 会場の入口に立つ係員によると、そこで展示されているのは、入れ替え制で見るインスタレーション作品だという。出入口は黒いカーテンで仕切ってあって、中の様子は見えないようになっている。10人ぐらいの先客とともに並んで待っていると、ほどなく入れ替えの時間になった。出入口から、スーツを着た中年のサラリーマンが1人で出てきた。こちらを見て「わ、いっぱい並んでる」などと言いつつ、苦笑しながら去っていく。おそらく係員の女の子に釣られてなんとなく入ったのだろうな、と思いつつ、我々も中に入った。
■ 中に入って分かったのだけれど、その作品は「真っ暗な空間の中、風に漂う巨大な黒い布を15分見続ける」というものだった。あの男、仕事をさぼってひとりで15分間これを見てたのか。さぞ心細かったことだろう。しかし、この作品を一番楽しんだのは彼なのではないか、という気もしたのだった。自分が毎日働いている、勝手知ったるこの街に、いつの間にか知らない空間が出来ていた。僕だったら、会社に戻ってOLに、家に帰って妻に、キャバクラに出向いて女の子に、こう言うだろう。
「いやあ、まいったよ。コーヒー買いに外に出たらさ、そこのビルで、現代アート無料で見られますよー、なんて言うから入ってみたんだよ。そしたら、客は俺ひとりで、中は真っ暗でさ…」
あいちトリエンナーレ2016へ
■ あいちトリエンナーレへ行ってきた。ほぼ1日の滞在だったので、すべての会場を見て回るわけにはいかなかったが、それでも相当な数の作品を見ることができた。こうした町ぐるみのアートフェスでは、どうしてもインスタレーションや映像作品に目が行くことが多かったのだが、今回は平面作品で良いものがいくつもあった。
■ 今村文作品。
蜜蝋画という技法らしく、独特の質感が気持ちいい。つい触りたくなるが、触ったらぽろぽろと剥がれてしまいそうなところが、遺跡のようだ。
■ 佐藤翠作品。
良さの伝わらない写真で恐縮だが、こってりとした荒いタッチで女性のクローゼットの中にあるようなものを描いている。そういえば、ドンキーコングのレディの落とし物もこんなだった。万国共通の淑女のイメージを絵画にしているのだろうか。
■ 田島秀彦作品。
薄いパステルカラーのタイルなどを、窓にカラーセロハンを貼ったり薄いカーテンで区切ったりした展示空間に配置。ものすごくかわいらしい。
■ もちろん、平面以外にも良い作品はたくさんあった。上の写真は端聡作品。古いビルの廃墟のような空間に、魔女の鍋のようなものがグツグツと煮立っているように見える。「水を一瞬で水蒸気にする光源」を使っているらしい。
■ あともうひとつ、昨年のパラソフィアで見て以来ハマっている作家、ミヤギフトシさんの作品がやっぱり良かった。北海道、長崎、沖縄、ルソン島、マカオを巡る5つの話が、5枚のディスプレイで同時に流される。それぞれが緩やかに関連しながら、あくまで淡々としたトーンで話は進む。見ていると、ふっと話を見失ってしまいそうになる瞬間があって、でもそれがむしろ気持ち良かったりもする。
この気持ちよさの正体は何だろう。全貌を把握したいと思わせつつ、はぐらかされるのを楽しむような。