知らない場所にひとりぼっち


あいちトリエンナーレを見て回ったのは月曜日だった。美術館以外の場所にも作品はあり、それをうろうろと探し歩くのも、アートフェスの楽しみのひとつだ。パンフレットによると、オフィス街にある「損保ジャパン日本興亜名古屋ビル」という堅い名前のビルにも作品があるということで、我々も見に行くことにした。時刻は14時頃で、そのあたりにいる人たちのほとんどは、スーツを着て働いている時間帯だった。

会場の入口に立つ係員によると、そこで展示されているのは、入れ替え制で見るインスタレーション作品だという。出入口は黒いカーテンで仕切ってあって、中の様子は見えないようになっている。10人ぐらいの先客とともに並んで待っていると、ほどなく入れ替えの時間になった。出入口から、スーツを着た中年のサラリーマンが1人で出てきた。こちらを見て「わ、いっぱい並んでる」などと言いつつ、苦笑しながら去っていく。おそらく係員の女の子に釣られてなんとなく入ったのだろうな、と思いつつ、我々も中に入った。

中に入って分かったのだけれど、その作品は「真っ暗な空間の中、風に漂う巨大な黒い布を15分見続ける」というものだった。あの男、仕事をさぼってひとりで15分間これを見てたのか。さぞ心細かったことだろう。しかし、この作品を一番楽しんだのは彼なのではないか、という気もしたのだった。自分が毎日働いている、勝手知ったるこの街に、いつの間にか知らない空間が出来ていた。僕だったら、会社に戻ってOLに、家に帰って妻に、キャバクラに出向いて女の子に、こう言うだろう。

「いやあ、まいったよ。コーヒー買いに外に出たらさ、そこのビルで、現代アート無料で見られますよー、なんて言うから入ってみたんだよ。そしたら、客は俺ひとりで、中は真っ暗でさ…」